夏蚕/西日 茜
 
手さんが何か言ったような気がしたので
あわててイヤホンを取ったら
無線連絡の音だったみたい
タクシーの中も 涼しかった
ひんやりして気持ちよく 涼んでいると
やっぱり運転手さんが話しかけてきた

「明日は雨かねえ…」
「え?雨、降るんです?」
「降りますよ。すっきり明けないねえ。梅雨も」
「明けて欲しいですね。いいかげんに」
「わたしらの商売もすっきりしなくてね」
「すっきりしないですか?」
「不景気で商売上がったりだからね。その上税金たっぷり持ってかれて」
「損するようにできているみたいですね、世の中って」
「悪い政治家や先生がいい思いばかりしてね」
「働けど、働けどですね。働かないほうがマシですね」
「はい、七百十円ですよ。」

私は細かいお金がなくて千円札を出した
車を降りると、百円玉が三つ手の中にあった
十円おまけしてくれたんだ…


キリキリと傷んだ肩はいつの間にか軽くなり
見上げた空には手洗(たらい)をひっくり返そうとしている雷さんがいて

今年も夏蚕(なつご)の命のような短い季節が始まろうとしている

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