風と青年/かとう ゆか
風はそよいでいる
海を山を野原を高原を
そして丘の大きな木の下で
鍵盤にしがみつく青年をみつける
ピアノを奏でようと必死だが
しばらくみつめても音は出ない
風は額の汗を拭い
木陰を揺らす
風はその長い指に触れた
するとピアノは音を紡ぎ出す
それからというもの
風は彼のうた
彼のうたは吹き抜ける
海を山を野原を高原を
そして街のホールで
ピアノ弾きになった青年をみつける
音楽は窓の内側で風をうたい
彼のうたは窓の外から音楽に近づいた
けれどどちらも
窓をふるわすことはなかった
風はそよいでいる
海を山を野原を高原を
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