ミスキャスト/渡 ひろこ
 
突然放りこまれてしまった


病院の待合室にすわらされ
時計の針が無表情にすすむのを
昼メロのデジャ・ヴのようにながめる


「ママ ごめんね」
かすれた声の一言で
キミは幕開けを告げる


どこにたどり着くのか動きだした脚本は
ワタシの知らないところで
勝手に書き換えられ
大腿骨と骨盤まで粉砕されていた



「ウケイレナキャ…」
くり返し唱えて棘が突き出た鋼球を
無理やりゴクリと呑みこむ



まだ現実の上澄みの中でしか泳げないワタシは
ストレッチャーから差し出された手を
ぎこちなくにぎる


弱々しくからめてくる長い指先



すっかり闇になった
窓のむこうに灯る
赤の点滅




頭から流れ落ちるインフォームド・コンセントが
胸まで浸水して
口をパクパクさせても
セリフがうまく出てこない


マリアを演じなければと
自分に言い聞かすように
生け贄の台にむかうキミに空々しく叫ぶ


「これも学びだから!」




震えている子羊は私だった






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