犬/生田
 
病んでいたのだろう、と今になって思う。

 私は暑苦しい雨にうたれ、うなだれ、行き場なく掃き溜めをうろついていた。身づくろいしても元に戻らぬ身体を恥じるよう、擦り切れた声を隠すよう背を丸め、というやり切れぬ風体で、どうしようもない行為を繰り返すのだった。
 落としたものを幾ら探そうと終わらないのだ。私はそれを犬に、私に叫ぼうとするが、声にならない、のどが痞えている。伝えることに何の意味があるのだろうか、という疑念、いや諦めが咽喉にちり積もっていた。何処へとも行けず、何処へも行こうとしない犬の命に終止符を打たずにいるのは、誰でもなく私であった。
 やがて、疲れより重い、徒労よりも深い何かに触れたように感じ、思わず飛びのいた私、犬は脱兎の如く駆け出した。私は逃げた。逃げた先から、逃げた。しまらない口の端から唾液が溢れ、落ちた。
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