「 ふれてください 」 /服部 剛
な声が今夜は
街のあちらこちらから
この個室へ
不思議なほどに聴こえてくる
路地裏に建つ
ダンボールの家に住む男の
虚ろに充血した瞳
ハンドバックを肘にかけ
終電前の駅へ急ぐ娼婦の
アスファルトに響く足音
隣の個室で疲れ果てた
サラリーマンの
絶え間ない鼾(いびき)
赤ら顔が覚めてきた俺は
都会の個室でもう一度
独り耳を澄ます
・
・
・
( ふれてください )
( フレテクダサイ )
( furetekudasai )
・
・
・
その声は、他の誰でもない
俺自身の
あなた自身の
街中の人々が今夜
幾十奏にもはもらせる
たった一つの、声
うつむくスタンドの頭を撫でる。
灯りを消す。
ソファーにごろんと横になった俺は
薄暗い天井に花開く
一輪の薔薇の微笑の
夢をみる
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