河原の記憶/小川 葉
はんぶん人間で、はんぶんヤマメみたいなものです。だから、まわりのヤマメは、そんな私たちを、ひどく心配してくれます。
そろそろ、この場を去ることにします。あの男物のサンダル、子供用のサンダル、そして、たった今、淵に身を投じた、妻のサンダルが、きれいに河原に並べられているのを見納めて、人間だった自分に、別れを告げることにします。息子も、感慨深気に、自分のサンダルを見つめていました。たった今死んだ妻には、ひとこと、謝りたい気持ちでいっぱいです。私は、淵に沈んだ妻の亡骸のまわりを、何度も何度も、泳いで、小さな胸鰭で、頬を撫でてあげました。
ふと、水面近くを飛ぶ、かげろうに気づきました。本能的に、気づきました。私は考えるよりも先に、水面をジャンプしていました。人間だった頃の記憶は、その瞬間、完全になくなりました。
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