お台所の話/吉田ぐんじょう
 

小さい頃
コーヒーとは
空色ののみものだと思っていた
すくなくとも
母親が眠れない夜にいつも作ってくれた
ミルクコーヒーは
曇りの日にふと覗く
青空の色をしていた

それなのにどうして今
わたしが一人でいれるコーヒーは
真っ黒い夜の色をしているんだろう

口に含むとさびしい味がする
六月の日曜日に漂う空気の
しめった冷たい味がする


雨の日に
包丁をひとりで研いでいる
砥石は規則正しい擦過音を立て
昔話の山姥のようだ
すっかり研ぎ終わった包丁は
あんまり切れ味がよすぎるので
なんでも切れるようになってしまった
空にかざして振り回してみると
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