干鱈/大覚アキラ
 
である。くしゃみが出るたびにボウルをひっくり返しそうになるので気が抜けない。
 突然、背後のリビングで携帯電話がけたたましく鳴り響いた。明るいベランダから薄暗い室内を振り返ると、しばらくは視力が奪われたように何も見えなくなる。見えない目を瞬きながらあたふたと携帯電話の呼出音のする方に足を踏み出したとたん、窓枠に足を引っ掛けてバランスを崩し、ボウルの中の干鱈を全部ぶちまけてしまった。視力が戻った頃には、携帯電話は鳴り止んだ。
 足元に散らばった干鱈は、いつかの結婚式で見た紙吹雪のようだった。一切れ摘み上げて口に放り込む。塩抜きしていないそれはやたらしょっぱかった。
 そういえば、やたら、という言葉は漢字で「矢鱈」と書くのだということを唐突に思い出した。単なる当て字に過ぎないそうだが。
 相変わらずくしゃみは止まらないままだった。
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