オーバーイージー/木屋 亞万
彼女はまだ温かい
フランスパンを
冷えた腕に抱えながら
川沿いの坂道を
一気に駆け上がる
街路樹は春に芽吹き
風は冬のまま
もうすぐ朝が来る
空は濃紺から薄い青へ
雲が暗く影を残す
髪を流れる黒く鈍い光
少しずつドアが開く
フランスパンが覗く
後ろで束ねた黒髪に
グリーンのカーディガン
困ったような目で笑う
パン屋が混んでいたの
珍しいでしょと口が笑う
キッチンへ消えていく
後ろ姿は暖簾の向こう
ブルージーンズが歩く
パンを三等分した後
切り込みを入れて
レタスにトマト
薄く切ったチーズ
挟み込んでいく指先
赤く凍えている指
手を取って
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