くちづけ/石瀬琳々
 
窓辺に香る黒いグラジオラス
いつか見た記憶のようだった
車のライトがフラッシュバックのように
無言の部屋を通り過ぎてゆく


雨夜の帰り道
突然君にくちづけた
あのあたたかい
湿った感触を覚えている
君は震えていた
濡れたグラジオラス
くちびるに触れた
甘い吐息を
僕は覚えている


冷めて音のないブラックコーヒー
何もかも滞(とどこお)ってゆくようだ
闇間にまぎれる烏猫のように
僕は壁に張りついて動けない


肩に降り出すはつ夏の雨
君のくちびるが欲しかった
舌先がずっと渇いている


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