砂になった好きな人/吉田ぐんじょう
 

好きな人は薄っぺらでしわしわなまんま
元には戻らないのであった
風に吹かれてふらふらと
出勤してゆく好きな人の背中は
あまりに薄すぎて
背景の電柱や街路樹が透けて見える


好きな人には
一日百回好きと言う
けれどもわたしの好きは
いつもうまく命中しない
好きな人の頬や肩を抜けて
窓ガラスや壁に付着する
そうして
付着した周辺をあとかたもなく溶かす
たぶんわたしの好きは強い酸性なんだと思う
好きな人は
溶けた壁や窓ガラスを見ながら
おびえた顔でわたしを見る


ふと好きな人に飽きたので
何も告げずに旅に出てみた
三日経って帰宅すると
好きな人はさらさらに乾燥して
細かい砂になっていた
ボウルに入れて水で練り
形を整えてただいまと言う
もちろん何も答えない

文句も嘘も言わないから
ますます好きになって困る
戻る   Point(21)