砂になった好きな人/吉田ぐんじょう
好きな人は薄っぺらでしわしわなまんま
元には戻らないのであった
風に吹かれてふらふらと
出勤してゆく好きな人の背中は
あまりに薄すぎて
背景の電柱や街路樹が透けて見える
・
好きな人には
一日百回好きと言う
けれどもわたしの好きは
いつもうまく命中しない
好きな人の頬や肩を抜けて
窓ガラスや壁に付着する
そうして
付着した周辺をあとかたもなく溶かす
たぶんわたしの好きは強い酸性なんだと思う
好きな人は
溶けた壁や窓ガラスを見ながら
おびえた顔でわたしを見る
・
ふと好きな人に飽きたので
何も告げずに旅に出てみた
三日経って帰宅すると
好きな人はさらさらに乾燥して
細かい砂になっていた
ボウルに入れて水で練り
形を整えてただいまと言う
もちろん何も答えない
文句も嘘も言わないから
ますます好きになって困る
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