無機質な夜/松本 卓也
隣部屋から漏れる電話の呼び鈴に
ふと現実に立ち返る瞬間を感じる
さっきまでホテルの窓から見えた
電光掲示板の宣伝文句を
眺めてばかりいただけだった
月が見えるほど暗くなく
星が瞬くほど明るくもなく
ただ夜が更けて時が過ぎ
足早な人々を眺めながら
ため息さえつくことを忘れていた
さっきまで自分が居た歩道を
自転車が通り過ぎているだけで
とても静かに機械的に
否応無く明日の準備を整える
自分の限度を超えた労働
食う為に仕方の無い義務
ただ日々を生きるだけの痩せた日々
反比例して肥えて行く身体
どこまで遠くに来てしまったのだろう
かつて僕の目がまだ生きていると告げた
彼らが今の僕を見たら何を言うだろう
少なくとも鏡に映る咥えタバコの男には
誰が為の欠片すら感じられず
誰に何かを望むことも無いまま
無機質に沈み行く灰色の夜は
僕に明後日の姿さえ見せてくれない
ただ意味の無い独り言を呟いては
埋もれ行く想いだけが虚しいと
自覚に捕らわれているのみで
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