記名の呪縛/岡部淳太郎
 
を持ち出してそれに頼っているのだ。これもまた、特定の名に価値を付随させていることの一例である)。だが、特定の名前を書き記すことによって、その名の背後にあるもの、その名で書かれたこれまでの作品やその名を持つ人の外貌や性格などが、一緒についてくる。その名をよく知っている人であればあるほど、名前に価値をまとわりつかせやすい。作品の純粋さを保つためには作者の名前など邪魔でしかないのかもしれない。詠み人知らずであっても、良いものは良いのだ。しかし、とりあえず慣習どおりに、人はそれぞれに与えられた名前を書き記す。その名によって作者と作品は不自由になっているのかもしれない。名前というものがある限り、本人にとっても他者にとっても、その呪縛から逃れるのは容易なことではないであろう。



(二〇〇八年三月)
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