井戸の中で/江田孝太
井戸に落ちた彼は今、切り取られた空を見る
雨なんか降ってたら最悪だった
けど季節はもう春のようで
蝶々だって飛んでそう
鳥がこんなに羨ましいなんてね
井戸に落ちた甲斐ってやつだね
得意のジョークを
誰も笑ってくれやしない
三食昼寝付きならこういうのも
そう悪くはないね
やっぱり笑う人は
彼以外いない
空気がほんの少し揺れるだけ
夜が近づく
彼の声はガラガラに嗄れた
いつまでたっても
助けはこない
彼自身もまた
枯れてしまいそう
さっきからふと
失くしたものが落ちてきそうな
気がするんだけどね
彼は呟く
誰かがそっと蓋をしてしまいそうな
気もするんだけどね
それでも
彼は最後に助けられる
そういう夢を見る
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