こときり/生田
 
春のこときりが潰れている
車掌が帽子を被りなおすと
老人は ん、ん と頷く
車掌の髪型をこときりは知らない
誰ももう待たないからだ

停留所の老人は一日をそこで過ごす
足元には夏のこときりが落ちている
こときりですね
時にバスを待つ人が尋ねると
老人は ん、ん と頷く
その老人の夜をこときりは知らない
乗合自動車が来ないからだ

タラップから子供が降りてきた
その後を母親が降りてくる
秋のこときりが木枯らしと落ち葉に満ち干きしている
母親が老人に会釈をすると
老人は ん、ん と頷く
その母親の妻のときをこときりは知らない
わだちが峠で消えるからだ

その日は雪が降った
冬のこときりが空から落ちてきた
老人は頷くことなく帰っていった
こときりは積もらなかった
積もらずに見送った

梅ノ木が咲いていた
空っぽのバスから降りてきた車掌は
時刻表を外し老人にむかって帽子を取った
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