重力井戸の中の蛙/影山影司
 

 毒入り麦酒に手を伸ばした。
 唇を焦がす毒。
 シュレディンガー愛用の毒薬が
 僕の体内では毎秒壱万回の勢いでネコが死ぬのか生きるのかを繰り返し問う。

 波動関数よ収縮せよ。収縮に収縮を重ね重力井戸に落っこちて、ミニマムサイズのブラックホールへと変貌せよ。頼むから、どうしようもないくらい存在を確定してしまえ。波動関数よ収縮せよ。収縮せよ。収縮せよ。収縮せよ。
 月はからっぽだったんだ。

 自らの価値を知った時
 涙は流れ出なかった。
 月はからっぽだったんだ。
 からっぽの月が夜を照らす。

 そして、昼にも夜にも染まらずに生きていくしか無いと知った。
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