雨の匂い/佐々宝砂
 
あのひとの汗は鮎の匂いがした
もしかしたらキュウリウオの匂いだったかもしれないけど
げんみつなことは問わない
鮎はスイカの匂いがして
スイカは汗の匂いがして
汗は鮎の匂いがするのだ
結露に濡れた窓を開ければ
あたりいちめんは雨の匂い
誰の気配もない夜のくさむらに
眠れない夜の鬱憤を投げてみる
あのひとは今きっとぐっすりとねむっていて
暖房を効かせすぎた部屋の
大きすぎるベッドのうえで
鮎の匂いをさせているのだとおもう
もしかしたらキュウリウオの匂いかもしれないけれど
まだキュウリの季節は来ない
スイカの季節も
汗の季節も
鮎の季節も
まだまだやってこない
ほんのすこしだけ日が長くなったと
ほんのすこしだけ喜んでみても
まだ世の中は一月半ば
ひとり夏を恋しがり
あのひとを恋しがり
冷たい冬の雨の匂いを感じている
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