「影身」/菊尾
 
呼び慣れた名前が耳に残って
空回りする思考の意識もあと僅か
無人の駅ではあの頃の影が張り付いたまま
今の姿は砂塵に紛れてしまいそう

明確な手段は隙を作った
たとえそれが在り溢れているものだとしても
落下する過程さえ楽しめるようにと
夜が来る度唱えていた

欲しいものは声にすると形を失うから
綺麗なものはこの眼には痛いから
誰かが口にする日常へ埋めてしまえばいい
謝ることは簡単に出来てしまう
そんな事は分かっているはずなのに
今だって知っているそのままの私がここに居る


裏声は疲弊して浮いてきた魚のよう
蒔いた種は芽を出して飛ばされた
起伏する流れも煩わしいと言うのなら
腕も足首も二度と絡むことなんて無いのでしょう

無垢に伸びていく影
優しさに吸い込まれる体
そうして何もかもが意味を捨ててしまった時
私はやっと、ただの人になる

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