応接間の < 琴 >/ましろ
て逃げ出した。
祖母の葬式を終えて、
芦屋の坂道をぐんぐんいとこのお兄ちゃんの車で昇っていった。
どこまでもどこまでも。
急な坂道には信じられないほどの豪邸がいくつもいくつも現れて
火葬場は天にあるのだと思った。
それから暫くして母から聞いたことがある。
「芦屋のお祖母ちゃんね、
お爺さんに毎月決まった額だけを渡されて
息子三人も抱えてもぅ二進も三進もいかなくなって
うちのお父さんだけ連れて踏切に飛び込もうと思ったことが何度もあったそうよ」
祖母の家は、丘のずっと下にあって 天にはほど遠かった。
それでも父は、年の離れた兄二人と怖い父と芦屋のあの家で母に溺愛されて育った。
祖父が建てた夢の家。「芦屋」に拘り守り通した祖母。
あの琴はどこへいってしまったのだろう?
一度、母に尋ねたことがある。
散り散りになり誰も住まない歪んだ芦屋の家は、解体され財産分割された。
琴の行方を追うつもりはない。
ただ もう 音を弾くことはできない。
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