ウォーター・フロント〜幻想曲〜/渡 ひろこ
 
闇の中を漕ぎだしていた
引きよせるのは
奈落からのとろりとした旋律


あらがわず
身をゆだねることの心地良さ
どよんとした
澱に堕ちていく意識
にぎった櫂がゆっくり波紋を描く


水面(みなも)はひそひそざわめきながら
また一人
迷宮の海へと送りだす


一縷(いちる)の望みで見上げても
目をふせるおぼろ月
淡いふちどりから
憐れみだけを静かに照らす


どこかで手招きしてるのは
やはり女の白い手か


橙色の灯が遠くにじんで
舟底を打つさざ波


ゆられているのか
ゆさぶられているのか
闇にとけた潮風に問うても

[次のページ]
戻る   Point(9)