缶けり/musi
 
さん、と僕の身体を抱きとめた草が音を立てた


風に撓る青い草原の
むせ返るような草いきれを感じて
濃密でしめやかな匂いにくらりと倒れたい

羊雲が速いペースで視界の上を飛び越える

昨日の児戯の残り跡。朝露を浴びた缶が
其処に佇んでいた


蹴るものも無く、ただ其処に佇んで
誰かを待っている姿は

僕と似ている

誰かを待ち焦がれ、露に濡れながら柔らかな草の感触に溺れたら、
きっとそのうち何も思い出せなくなってゆくのだろう

誰を待ってここにいたのか 忘れたくなかったほんの一握の気持ちも 全て


地べたに限りなく近い目線で空を、上に向って伸びる翠を眺めていたら

缶についた朝露が、もうこない人を待って流した冷たい涙の一粒に思えてきて
純粋にカッコイイヤツと感じたんだ


僕はきっと誰もここに戻ってこなくたって、涙を流すことはできない。

ただ待つことすらもきっとできずに  忘れてしまうよ


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