七人の話 その5/hon
 
が走り、睦夫は背筋がぞくっとした。
 そして、彼女は舌先を固くすると、それで円を描いて、睦夫の指先の傷口をなぞった
「あっ……ちょ、ちょっと……」
 睦夫が指先から全身に広がる戦慄とともに体を固くして、後ろへあわてて逃れると、彼の指はすぽっと彼女の口から抜けた。
 それで、志穂子はふっと笑った。
「あんたの味がするわ」


 それからすぐに、二人は秘密の部屋を出て彼女の部屋へ戻ったが、そのときには彼女はもう睦夫に興味がないようであり、疲れた顔でベッドに腰かけ、ぼんやり視点の定まらない目で中空を見上げていた。彼女は、さっさと睦夫に出て行ってもらいたがっているようだった。
 睦夫も一刻も早くそこから逃げたかったので、何もいわず、急いで通路に出て渡り廊下へと向かった。ずいぶん遅くなってしまった。早く金星棟に行かねば――
 しかし、何であろう。渡り廊下をまっすぐ駆けていきながら、彼の心には、何だか知れない、拭い去れない悲しみのようなものがその時くすぶっていたのだった。
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