忘れもの/恋月 ぴの
最終電車を待っていた
これは絶対にわたしのじゃ無い
冬の月明かりに照らされたそれは若々しく輝いて
それまでの疑念は確信へと変った
わたしのは張りも無いし色はくすんで濁っている
それに比べこの透き通るような色艶と張り
この機を逃したら二度と手に入らない
わたしは誰かの忘れものをコートで隠すと
駅の改札口から一目散に逃げ出し
やがて人影の絶えた多摩川の土手上へと彷徨い出た
わたしのも以前はこんな感じだったんだけどねえ
あの楊貴妃の気持ち少しだけ判った気がする
赤いタートルネックのセーターをたくし上げ
世間一般には夢とか希望と呼ばれている誰かの忘れものを
早くよこせと口を開いた心の奥深く押し込んだ
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