忘れもの/恋月 ぴの
 
何をどこに忘れたのですか?
駅の係員は開いた記録簿に目を落とし尋ねた

普段から乗りなれた通勤電車
それなのに今夜は何かが確かに違っていた
勧められるまま飲んでしまった新年会
赤ら顔の同僚たちとは新宿駅で別れ
わたしひとり郊外へ向う特急電車に乗ったはずだった

黙っているわたしの顔を見上げるようにして
駅の係員は事務的な声で再び尋ねた

何をどこに忘れたのですか?
この駅に着いたのは何時頃で何番目の車両でしたか?

わたしの忘れたもの
覚えている限りでは網棚に乗せたはずで
午後十時過ぎにこの駅へ着いた特急電車の3両目あたりでした

それで何を忘れたのですか

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