メール症候群/渡 ひろこ
親指でしか語れなくなった
指先が覚えてしまったのだ
無機質な凹凸に触れるだけで
整然とした文字が手に入ることを
まっさらな紙の緊張や
そこに落ちるイビツな文字
との格闘も捨て
いつでもリセットできるコトバを
小さな画面に吐き続けている
いつのまにかアナタに語っているのか
手の中の忠実な画面に語っているのか
小刻みに蠢く親指にしかわからなくなり
増殖をやめない文字と向きあううちに
頭から画面に吸いこまれる気がして
4×3cm四方の世界が唯一と
溺れそうになったワタシは
次第に黒鉛にふちどられた
“カンジ”の輪郭がくずれていき
張りめぐらされたシナプスが
プツプツ と切れる音を
遠くに聞きながら
それでもケータイのディスプレーを
握りしめる右手首には
7歳のとき刺した鉛筆の芯が
今もじっと
ワタシを見つめる
「詩と思想」現代詩年鑑2007ベストコレクション作品
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