春へ/佐野権太
 
一、たらちね

ふるさとの町は
訪れるたびに輪郭を変えてゆく
けれど
夕暮れどきに帰りつけば
あいも変わらぬ暖かさで
湯気の向うから微笑みをくれる
あの人のおかえり

ただいま、という言葉に
ありがとう、の意味を
うまくのせられただろうか



ぬるい酒にもたれながら
あの人のりずむに揺れている
慌ただしい街を背に
本当は
何もかも打ち明けたいのだ
けれど
やはりあの人は
心配症だから



凍える布団の奥
爪先に触れたのは
何もかも見透かしたような
湯たんぽ

母よ 母よ
その小さな
ふるえる手で





二、
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