風のイルカ/草野大悟
せっかく東京に来たのだから
上野駅に行ってみた。
ホームレスの仲間に入れてもらおうと
ダンボール箱を持って。
とにかく東京に来たのだから
山谷に入ってみた。
リュックを担いで、ジョギングシューズはいて。
そこでは、あのころと同じ、錆びて饐えた臭いが渦巻き
鋭く突き刺さる双眸の群が
この国の何かを貫き、
あるいは、横たわり、閉じられ
誰にも顧みられることのない屍様のものが
この国の何かを犯していた。
街は、ずいぶんと瀟洒に、きりきりと便利にはなっていたが
置き去られ、忘れ去られてゆく区別だけは確かに
あのころと同じように残っていた。
一人、二人、三人、四人、五人・・・・・
シチミミコラホスナ
シチミミコラホスナ
ダンボールの家に寝ころび、焼酎飲みながら
疲れ果てた能面の行列を数えていると
プラットホームの遙か彼方の闇から
海鳴りがした。
狂おしいばかりの鋳型の中で
風を追う術しか知らないイルカの
誇りに満ちた鳴き声が聞こえた。
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