パリサイ広場にて/楢山孝介
 
は笑いながら、
「いいよ、久し振りに家に帰るよ」と言った
「友達追い出すなんて可哀想だよ」と付け足した
友達ってわけじゃないんだけどな

ひげ面の男の演説は終わりに近付いていた
彼を遠巻きに見つめる警官たちは
いつでも男を捕縛出来るように構えていた
私は去っていった女の背中を眺めながら
彼女の歌を聴きたい衝動に襲われていた
来週も来るのか、と女に訊けなかった

騒ぎになる前に帰ろう、と居候は言った
帰り道、私も何か歌おうと試みた
どんな歌詞もメロディも出てこなかった
演説していた男の顔や言葉ばかりが浮かんだ
悔い改めることなんてなかった
来週も行こうな、と居候は言ったが
女とは二度と会えない気がした

次の週を待たずにパリサイ広場は閉鎖され
歌声も怒鳴り声も聞こえなくなってしまった
居候はまだうちにいて
歌の練習を始めている
ただやかましいだけだ
来週までに少しも上手くならなければ
その時こそたたき出そうと思う
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