この世界を離れて ★/atsuchan69
。あとしばらくなんて言わず、あなたもせめてお孫さんを見るまでは生きてなくては」
座長はそう言って、またぶどう酒を飲んだ。
あれは冬の夜、森のなかの一軒家に住むバイオリン作りのおじさんが炎のゆらめく暖炉のまえでこう言った、
「誰にも言うんじゃないぞ、秘密はコオロギの翅じゃ。一年ほど乾燥させたやつをすりつぶしてニスにまぜるんじゃが、これがまたむつかしい‥‥」
僕は熱いミルクをいれた木の器をくちびるにそっとあてて、
「コオロギの話なんかどうでもいいよ。それより父ちゃんのバイオリンの修理はいつまでかかるの?」
すこしばかり怒ったようにそう訊いた。
「まだかなりかかるかな。ち
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