僕は好きだった/たりぽん(大理 奔)
くみこは空を見なかった。青い空は。
猫の匂いのする赤いカーペットの部屋で
AKAIのオープンリール回しながら
見なかった。僕の肩越しの青い空は。
みかと星空を見た。オリオンだけではなく。
寒い、雪のない真冬の屋上で
小さな犬の名前を楽しそうに物語にしながら
見た。夕焼けを忘れ去った深い彼方。
まきは窓の外だった。気動車の無骨な窓の。
飛んでいく風景は秒24コマに
電信柱が割り付けて
壊れかけの映写機の思い出のよう。
くみこは海が嫌いだった。真っ黒い海は。
ゆっくりと坂道を下っていく国道で
話に夢中になるとアクセルを踏むことさえ忘れて
嫌いだった。海の色のような珈琲をたてる。
車の中で迎える朝が好きだった。誰もいない。
長い吊り橋も渡って、選び取ろうとしたけれど
ほしいものといらないものは同じ場所にあって
好きだった。未完成にバックシートで迎える
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