暗示は歩いてゆく/塔野夏子
 
暗示は歩いてゆく
眠りをめぐる回廊を
重ねられた便箋のあいだを
どこかためらいがちな
静かな足どりで

誰ひとり知り合いのないような
それでいて誰もに挨拶をしているような身ぶりで
暗示は歩いてゆく
ハミングの輪郭を
はがれたポスターの裏側を

中空の湖のほとりを
暗示は歩いてゆく
どんな表情も知り尽くしているような
それでいて何ひとつ知らないような顔つきで
砂時計の内側を

暦からこぼれ落ちた夜を
秘められた眼差しを
どこかためらいがちな
静かな けれど一歩一歩波紋する足どりで
暗示は歩いてゆく

華やかな空虚に彩られた街路を
透明な回転木馬のまわりを
季節の結び目を
暗示は歩いてゆく
おぼろな矢印の影を曳いて




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