わたしの好きなもの/k o u j i * i k e n a g a
ごく。
傍目から見て自分がどう見えているかはとても気になる。髪に櫛を通したくなる。思い切り伊達にきめたい。そういえば愉快な話をひとつ思い出せた、歌舞伎とはもともと傾きと書いたのだと甥っ子が言っていた。生意気だがびっくりするほど可愛くて賢い男の子だ。傾き、いいではないか、まさに私のような人間に相応しい。
思えば傾いて生きてきた。傾き通しの人生だった。素晴らしき哉、我が人生、とまではいかないが、しかしそれなりに素敵で、ときどきとびきり素晴らしいものであるとは思う。そんな時はどんな時かと言うと、たとえばこういった具合だ。朝方まで続いた仕事がやっと終わり、帰路で聞こえてくる中学校の吹奏楽の音楽。一度などその明るく朗らかな音色に誘われて、校内に侵入し通報など一連の儀式を受けたこともある。何か世間がピリピリしていた時期だったかと思われる。まったく呑気なもので、屈強な(ジャージを着ていたのでおそらく)体育教師連中に取り押さえられながらも音楽を楽しんでいた。あの曲はたしか、「わたしの好きなもの」という曲ではなかったか。
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