冬の日 一/龍二
傘を叩く大粒の雨の雫を視野の片隅の捉えながら、深く白い息を吐く。遠い街を歩く訳でも無いのに、どこか緊張した足取りで底の見えない川を臨む土手を行く。大蛇の様にうねる高速道路が空を見上げた視線を憮然と遮った。
帰巣本能を喚起する風景だと思った。赤く燃え滾る様な真夏の、この土手の閉塞感は、人を寄せ付けない色彩を心に抱かせたのにも関わらず、今では両手を広げて息子の帰りを待つ母の様な表情を落とし込んで、川面を着色した。
「いつでもここにいる」と言った。それは自分に言い聞かせた言葉だ。
本当は、この土手がした様に、「いつでも帰って来い」と言いたかった。
もうすぐ冬になる。一人の部屋で、誰かの手紙を読むのだろうか。「元気です」の一言を、空雑巾を搾り出す様に、返信用の手紙に書くのだろうか。体幹を走る鋭い冷たさを、誰も知らない土地で、一人耐えているのだろうか。
呟く言葉に意味は無い。この手紙にも、きっと意味は無い。心の中にしまった思いだけで、何も伝えられずに、常備薬の様な無力感を嘆いても、それは何も生み出しはしない。
「いつでも帰って来い」と、この口で伝えたいんだ。
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