花冷え/渡 ひろこ
 
とうりゃんせ と唄われた
神社の裏手
一本の老樹が
わずかに肩をいからせながら
両手を広げ
しどけなく枝先を垂らす


関所と謂われたこの地で
何のためらいもなく
敷きつめられた白い生地に
まだらの足痕


それでも
紺の空を見上げれば
満開の花の合間から
幾重ものプラチナの手が
はらはらと花びらを散らす





降りてきた闇に包まれ
花明かりが
ふわりと浮き上がった





焼酎の匂いや
ビンのふれあう音
うすら笑いの蠢く手
半音上げた嬌声が


ひと塊りのねじれた
不協和音となって
老樹に
緊張を響かせる

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