障子の影/佐々宝砂
 
とは、この話とはもう関係ない。

 ぼくは、三十過ぎた最近になって、あの女の影のことをよく考えるんだ。もしかしたらあの影は、男をおびき寄せる餌だったんじゃないかってね。実際に日本髪の女がいたのかどうかはわからない。もしかしたらいなかったのかもしれない。だが、最後に障子を覗いたとき、そこに、何か得体の知れないものがいたのは絶対に確かだ。あの獣くささ、あの馬鹿にしたような野太い笑い声、あれはきっと何か異形の生き物なのだ。

 なぜ助かったのか、ということも、最近はわかる気がする。窓を開ける機転があったから助かったわけじゃない。あいつはわざとぼくを見逃したんだ。ぼくはおそらく、子供過ぎたのだ。餌食にする気もおきないような、小汚いガキだったのさ。

 大人になった今、その家に入ったら何が起きるだろうかって?
 さあ、ぼくは行きたくないよ。行くんなら、一人で行ってくれ。

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