障子の影/佐々宝砂
ぼくが生まれ育ったのは、田舎の城下町だ。田舎っていっても、一応は県庁所在地なんだけれどね、それでも田舎は田舎さ。ぼくがちいさなころはまだ田んぼがあったし、春になれば土手にはノビルが生えた。よく採ってきちゃ食べたよ。それでも川は汚かったね。製紙工場があるせいか川岸には灰色のヘドロが積もってさ、ぼくたち子供は鼻をつまんで通り抜けたよ。街の通りもあんまりいい匂いはしなかった。ぼくが育ったあたりは雛道具が地場産業で、そのせいなんだろう、通りを歩いていると、接着剤がぷうんと匂うんだ。
だけど、その家だけは、いつも、いい匂いがしたんだ。あまり大きな家ではなかったけれども、古めかしい造りの広い玄関があ
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