ドアの向う側/恋月 ぴの
 
都会に住みはじめ一番変わったのは
靴が汚れなくなったこと
母に駅まで長靴持ってきてと頼んだのは
実家に帰った際の笑い話しとなったし
でこぼこ道に足をとられることもなくなった

色とりどりに舗装された歩道には
木枯らしの舞う余地など無く
街路樹からの落ち葉たちも
きまりわるそうに側溝の片隅で寄り添っている

お気に入りの靴たち
おすまし顔で靴入れに並んでいて
たまのお手入れは
ティッシュで軽く拭うだけ

そろそろブーツでもと靴入れのなか整理していると
お隣りさんから何かの物音聞こえた
どんなひとが住んでいるんだろう
雨傘が仲良く玄関先に立てかけてあったけど
そう言えば挨拶を交わしたことも
うしろ姿さえ見かけたことなかったような

きれいな靴と引き換えに失ったものへ
そこはかとない虚しさを感じてしまうけど
煩わしさから解き放たれた身軽さをも感じて
わたしの部屋だけがぽっかりと月夜にただよう

明日も雨降らないよね

夜更けの玄関先をこつこつ横切る音がして
顔の無い誰かがお隣さんのドアをノックした


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