音の消えた車内で私はなおも耳をふさぐ/比口
緑色のクレヨンで世界地図を塗りつぶしたら
雲の轍が木々をざわめかせながらその緑を侵食していく。
カンヴァスの存在を知らない子供たちの
そのクレヨンを持つたどたどしさが、なんだか妬ましくて
私は音の出ないイヤホンで耳をふさいだ。
飴玉を舌で転がしてはしゃぐような童心にもうかえれない
私は、何度も錐で耳を突きたい衝動に駆られた。
その間にも轍は線路をはずれながら静かな森へと向かっていった。
テーブルにこぼしたワインのような歪な湖で、虫取りをしましょうよ。
もちろんイヤホンをつけたままで。
虫の羽音すらも意識から遮断して、自分の鼓動だけに安堵していれば
私は私でいられるから。
折れたクレヨンなんかに妬ましさを感じずに。
醜さに眼をそむけて!
美しいものを認めちゃダメ!
そうして完結した世界にたった一人きりでいられたら。
木々のざわめきが強くなってきたので、私はまた
そっとイヤホンを耳にあてた。
静かな森へとかえるために。
戻る 編 削 Point(1)