深夜の老夫 /服部 剛
 
ふいに目の覚めた深夜 
妻の亡いひとり暮らしの老夫は 
布団から身を起こす 

サイドテーブルに置いた 
リモコンを探りあて 
ボタンを押す 

テレビに映し出された 
モノクロ画面に 
50年前の青年は 
「自由を我等に」という看板の 
映画館の入口へ続く一本道を歩く 

若き日の自分にも似た 
後ろ姿の青年は 
闇の入口に姿を消す 

目の冴えてきた老夫は 
サイドテーブルに置かれた
若き日の妻の写真と目をあわせ 
噛み合わせの悪い 
不自由な入歯を 
噛んでみた 




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