そのひとは泣いていた/風音
救急病院
年配の女性
無理な笑顔で処置室を出てきたそのひとと
隣り合ったレストランで
偶然向かいの席でまた会った
女性はコーヒーを頼んだあと
ハンカチを取り出して
目が潤んだ
鼻をすすって
わたしは見るもの辛くて
そこにいるのが悪い気がして
パウダー・ルームに入った
しばらく水に手を浸していた
けれど後からその人が来て
個室の中で泣いていた
声を出して泣いていた
心も体も泣いていた
わたしが席に戻って
涙を堪えながら
紅茶を飲み終わるまで
そのひとは席に戻らなかった
あの女性が
今笑顔でいることを願う
偽善のようだけれど
少しでも笑顔であるように
願う
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