かえらぬこへ/汀
もういいかい もういいかい
暗闇に響く声
夜はだんだんと日を食んで ほおら 冬がくるよ
寒い寒い冬だよ 秋ですら変わらずにはいられないのだよ
子供が一人 そう口ずさんで
杜若が咲いていたことも知らぬ庭を歩いてゆく
その足取りは軽く
花の残像はかき消され もみ消され 空に消えて
:
まあだだよ まあだだよ
夕闇は紅く
黒と海の青との間が赤だなんて 誰が思いついた
綺麗だから怖いと 黄昏は思考を夢ごと奪っていくからと
大人は一人 喉で言葉を飲み殺し
杜若が咲いていたことを知る庭を走ってゆく
その足取りは 勿論 重く
花の残像は裏切られ 美しさすら 忘れられて
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