ベースボール/んなこたーない
は傍観者の目つきで、グランド上の選手たちの姿を眺めてみる。
ゲームは白熱した緊張感と共に回を重ね、そして誰もぼくの名前を知らない。
ぼくは控え室の鏡の前で素振りをしてみる。
「誰にでも、生涯忘れられない一球がある」
それは、父がぼくに教えてくれた唯一の人生哲学である。
「誰にでも、生涯忘れられない一球がある」
内角高めに喰い込んでくる剛速球をイメージしながら、ぼくはもう一度バットを振ってみる。
芯で捉えた打球は、緩やかな放物線を描くと、満員の観客席を越え場外の彼方へと消えていった。
ぼくは26歳、来月には妻の出産予定が控えている。
ぼくはバットを放り投げる。
そしてぼくはしばらくの間、ぼくの背後で沸き起こる、聞こえないはずの大喝采に、耳を澄ましてみるのである。
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