ベースボール/んなこたーない
 
最初は平凡なライトフライだと思った。
しかし、白球は八月の太陽に吸い込まれると、思いのほか、その滞空時間を伸ばした。
右翼手がスローモーションでそれを見送る。
やがて、白球が静まり返った観客席中段に落下する。
時間がふたたび正常に動き出すのは、それからしばらくしてである。
逆転サヨナラであった。
鷹揚にグランドを一周する背番号24に、ぼくらは惜しみのない喝采を送った。
ぼくは6歳で、隣で弟を肩車しているのは、今は亡き若い父である。
もうぼくは彼の顔を思い出すことが出来ない。
ぼくは母の膝の上に座っている。まだ若く、髪が長い頃の母である。

父の人生は送りバント失敗のようなもの
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