暖かい黒水晶/蒸発王
 
夫は

生まれてこのかた
一度も眠ったことのない人でした

『暖かい黒水晶』



苦痛や肉体疲労はありません
ただ
眠れないのです
疲れていても
安らかであっても
あの人に眠りは訪れませんでした

はじめて一緒に寝た夜
私はすすり泣きで目を覚ますと
夫が泣いていたのです
まるで


まるで

温かな死体を抱くようだ と


涙をこぼす夫は
眠りと死の見分けさえ
良くつかないようでした


そんな夫の下まぶたには
どす黒いくまが積っていて
その黒さは
殴られたアザのようで
うっすらと青
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