銀杯/白寿
銀製の酒杯の中身が空になって久しい。
今となっては、かつてある人に注いで頂いた
“何か”の跡形すら残っていない。
私はある時、自分で酒杯を傾けて
それを捨ててしまったのだ。
あの頃は、すぐに替えの“何か”が
注がれるものと信じて疑わなかった。
価値も知らずに、愚かなことをしたと思う。
その“何か”は一度捨てると、再び注がれるどころか、
自分のうちからも消え失せてしまうものだったのだ。
それを口にすることができなくなって
いよいよ飢えを感じ始めた頃、
私はようやく自分のしたことの愚かさに気づいた。
そして今、私の手元には
錆びて鈍く光る酒杯だけが残されている。
甘美だっ
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