ゆうぐれ/「ま」の字
-「戦後」に
手足が期待のようなものに透け
それを静かに束ね(斜光が胸を薄くする
「きみ、腕が痩せたね
「僕、肩が落ちてね
窓の外から
母たちのおしゃべりがきこえる
「しあわせね
その頃私たちは
ゆうぐれにラジオから流れる弦楽に憧れたが
かぜはただ優美な曲線をえがき
くつくつと台所で煮立ちはじめたアルミの鍋を
ひと回りするだけだった
籠の中の洋皿と
テーブルの上ですっかり柄が褪せてしまった花瓶を
風がしきりに撫でつける
なきださない夕暮れのなか
煮つけが出来あがってゆく
食われてしまうものと食うものとについて
私たちは飽きもせず
去っていった者たちを見送っていた
だれも
なにもいわず
煮物の火を止めに走る者も
病床から小声で小鳥を呼びはじめた者も
みな
やっと「おりられた」ことを
肩からそれを降ろせたことを
いたましく光る
宝玉でもあるかに信じ
※芥川也寸志『弦楽のための三楽章』より第2楽章
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