昨日の痕/久遠薫子
海は眠らず
いまこそ ありのままの姿をさらし
やさしくない腕をのばして わたしたちを呼んだ
苦しくはないからという言葉に こくりとうなずき
ふたつの体はゆっくりと まわりながら沈んでいく
あけていく夜の終わりが 届かぬよう
中空にそびえる積乱雲が
手負いの人々の声を孕んで いよいよ膨れあがる
囁きは 透きとおったコバルト色の蒸気になって
もうすこし 空のあおさをあおくする
そんなにむずかしいものを欲してきただろうかと
光の中で倒れ込んだ裸のわたしに
昨日の痕は
ひとつ
ふたつ
見ろ見ろ、これがすべてだ、と泣いた
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