昨日の痕/久遠薫子
低い空に積乱雲が育ちはじめる朝
目が覚めたら痕跡はなくなっていた
夢じゃない証拠をさがして
扉をあけて外へ出たり
勝手口へまわったり
冷蔵庫をあけてみたり
蛇口をひねったりした
コバルト色した海の水は届かず
森の草いきれも届かず
流れたのはただ
生温かい体液だけだった
明日戦争へ行くという子を
娼婦のふりして抱いてあげた
海底に沈む遺跡のような目をして
充分にうるんだその黒真珠の瞳に
地球の裏側の
小さな太陽を映して
甘く噛めば
甘く噛みかえし
きつく噛めば
きつく噛みかえす
取り乱したのはわたしのほうだった
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