水の本/岡部淳太郎
 
水の本を開く
文字は流れ出し
意味は溢れ出し
あとには
水の思想だけがのこる
川によってはこばれ
人びとの喉をうるおしながら
水の暗喩が偏在する
その波の繰り返し
晴天と雨天の交替
水の本に記されたもの
水のように流れ去る
感情や記憶や知性を
堰き止めるもの
海の中で還流し
喉の中で逆流し
水の現実が点滴される
水の本を開く
文字は湧出し
意味は滲出し
雨となって降ってきて
地表にはばらばらの頁が
ぬれながら散乱する
やがておとずれる
水のもりあがり
水の大きな屹立
世界は慈悲深い洪水に覆われ
その時やっと
見知らぬ手によって
水の本は閉じられる



(二〇〇七年六月)
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