ジャズ・バー/渡 ひろこ
透き間に
音楽が流れこんでくる
あなたは目を閉じ聴き入っていた
ピアニストが奏でるムーディなメロディは
空間さえも甘い琥珀色に変えてしまう
タッチのやわらかさ
和音の響き
くすぐるようなトリル
ピアノから語りかける音は
こんなにも切なく私の中に入ってくる
脳が痺れそうな感覚・・・
あなたも同じ音楽の中を
漂い酔いしれているのがわかる
だけど・・・
同じ空間と音楽
蕩けるような感覚を共有しているのに
やはりあなたは遠い存在
こんなに近くにいるのに
手をのばせば触れられるのに
そっと耳をあなたの胸にあて
音楽と共鳴する
あなたの鼓動が聴きたかった
寄り添ってあなたの温もりを感じたい・・・
夏の短い物語が終わるように
ピアニストがラストの曲を弾き始める
「アンコール!」
拍手と歓声のざわめきの中
あなたは
ゆっくりと目を開けた・・・
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